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マルチスペクトル画像を用いたデジタル染色


病理標本の染色法は、人間が目視観察するために開発されてきたため、特定の組織要素や分子に人間が視覚的に識別しやすい色を割り当てている。しかしデジタル画像が本格的に利用されるようになれば、染色結果を必ずしも人間が識別できる必要はなく、コンピュータが識別しやすい色を割り当てればよい。ある染色法で準備された標本をデジタル画像として取り込み、画像処理によって診断に適した画像に変換する。このような技術は「デジタル染色」として研究が進められている。簡単な例としては、HE染色標本の画像から color unmixing と呼ばれる手法を適用してヘマトキシリン(H)とエオジン(E)の成分を分離し、HとEそれぞれの単染色画像を生成することができる。

 画像解析の結果を病理医に提示する際に、染色病理標本と同様の見え方で表示することができれば、病理医は解析結果を容易に理解できる。デジタル染色技術では、無染色標本や染色された標本の画像から、異なる染色法と同様な色の画像を生成する。一種の擬似カラー表示であるが、従来病理医が見慣れた形で画像を提示し、画像解析結果の評価も容易になる。

 筆者らは、マルチスペクトル画像を用いたデジタル染色の可能性を検討している。HE染色標本をマルチスペクトル撮影した画像からスペクトルの情報をもとにして線維領域を抽出し、マッソン・トリクローム(MT)染色におけるアニリンブルーの青色を割り当てて可視化した結果をFig. 1 (a~c)に示す。各組織要素の透過スペクトルを詳細に調べると、細胞質と線維はいずれも主にエオジンで染められているが、吸収ピーク波長がわずかにシフトしている。また線維の領域では散乱が多いため、全波長帯域にわたって透過光の減衰が見られる。これらの性質を利用して細胞質と線維を分離してデジタル染色を実現している。実際にMT染色を行った連続切片の画像と比較すると線維組織の可視化が良好に行われていることがわかる。

Fig. 1 (a) Original HE-stained image, (b) digital MT-stain result using multispectral image of HE-stained specimen, (c) physical MT-stained image of adjacent section. 

また、ヘマトキシリン単染色標本では細胞核と細胞質はヘマトキシリンの濃さの違いでしか見分けることができないが、細胞核と細胞質のスペクトルにはわずかな違いがみられることから、これを利用して色素量分離を行い、細胞質のHをEのスペクトルと入れ替えてカラー画像を作成する。これによって、ヘマトキシリン単染色のマルチスペクトル画像からHE染色へのデジタル染色を行うことも可能である[Fig. 2 (a~c)]。このような方法は、免疫組織化学(IHC)染色標本におけるヘマトキシリン対比染色への適用においても有効である[Fig. 3(a~c)]。IHC染色標本では陽性核・陰性核のカウントを行う際に、がん細胞内に存在する細胞のみを対象にする。H単染色では細胞質が見にくいため、対象となる細胞の核かどうか判断が難しい場合があるが、デジタルHE染色を用いることで容易に判定を行えるようになる。

Fig. 2 (a) Original H-only -stained tissue image, (b) digital HE-stain result, (c) HE-stained tissue of adjacent section. 
Fig. 3 (a) Original DAB-stained tissue image, (b) digital addition of eosin (digital staining), (c) HE-stained tissue of adjacent section.

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