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マルチスペクトル病理画像解析技術

1.マルチスペクトル病理画像入力

 
通常の病理画像は赤(R)緑(G)青(B)3原色で構成されるカラー画像であるが、可視光もしくは赤外光を含む波長範囲を多数のチャネルに分割して画像を取得するマルチスペクトル画像技術を用いることで、肉眼観察の限界を超えた情報の解析・提示が可能になる。マルチスペクトル顕微鏡画像撮影を行うには、透過波長の異なる狭帯域フィルタを用いて多数の波長帯域の画像を撮影するか、光源側に狭帯域フィルタを挿入して撮影する。Fig.1 に本研究室で開発した16バンドマルチスペクトル顕微鏡画像システムを示す。

 Fig.1 16-band Multispectral Microscopic Imaging System.

2.染色の分離

病理画像の色は主に染色色素で決まるので、マルチスペクトル画像の第一の利用対象は染色色素の分析である。マルチスペクトル画像の各画素の値から、画素毎の染色色素の量を算出する処理は、色素量推定またはアンミキシングと呼ばれる。RGB三原色のカラー画像でも、ある程度の精度での分離は行えるが、マルチスペクトル技術を応用することで高精度な色素量推定や多重染色からの分離が可能になる。本手法によりHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色の色素量画像を算出した結果をFig.2に示す。H(ヘマトキシリン)及びE(エオジン)の色素量画像において、それぞれ細胞核、細胞質部分が視覚化されている。色素量画像を用いることで、細胞核や細胞質の抽出を容易に行うことができるので、細胞核の抽出など病理画像の自動解析システムに有用である。また、分離した色素成分に対して重みづけをして再度カラー画像を合成することで、染色濃度の調整により医師が診断しやすい画像を生成できる。

Fig.2 (a) HE stained image, (b) Unmixed Hematoxylin image, (c) Unmixed Eosin image

3.組織要素の識別

マルチスペクトル画像を用いることで、わずかな色の違いや人間の目では知覚できない分光特性の違いを用いた物体識別を行うことができる。

HE染色におけるE色素のスペクトルを詳細に調べると、線維組織において吸収のスペクトルがわずかにシフトしていることがわかる(Fig.3(a))。また、H単染色標本で線維と細胞質を比較した例をFig.3(b)に示す。線維領域では可視光全波長にわたるスペクトルの減衰がみられ、これは線維組織における散乱の影響と推測される。これらの特性の違いを利用して線維の領域を抽出することが可能である。
 他にも特定の組織要素の分光的特徴を用いた領域抽出として、メラノーマや好酸性細胞の識別などにマルチスペクトル画像が有効との例が報告されている。また分光的なテクスチャの解析により、細胞核の良悪性などの識別を行う試みも行われている。

Fig.3 Spectral absorbance of E-only (a) and H-only (b) tissue.

4.デジタル染色

画像解析の結果を病理医に提示する際に、染色病理標本と同様の見え方で表示することができれば、病理医は解析結果を容易に理解できる。具体的には、無染色標本や染色された標本の画像から、異なる染色法と同様な色の画像を生成する技術をデジタル染色と呼ぶ。一種の擬似カラー表示であるが、従来病理医が見慣れた形で画像を提示することで、評価が容易になる。Fig.4は、HE染色病理標本を16バンドマルチスペクトルカメラで撮影し、Fig.3(a)のシフトしたE色素スペクトルに対応する吸収成分を色素量画像として求め、これに対してマッソン・トリクローム(MT)染色におけるアニリンブルーの色を付与することでデジタル染色を行った結果である。実際にMT染色を行った連続切片の画像と比較すると線維組織の可視化が良好に行われていることがわかる。
 

 Fig. 4 (a) HE image, (b) Digital staining for fibrosis visualization, (c) Real MT stain

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